今日は縁の糸が美しく繋がりました。
こんな感じ↓
1998年か9年 谷崎潤一郎『痴人の愛』『陰翳礼讃』を読む。
(生娘には理解できず)
2008年12月末 京都の男友達と酒の席で谷崎潤一郎について話す。
(そんな良かったっけ?久々に読もうかな)
2009年1月初頭 古本屋で『鍵/癇癪老人日記』『春琴抄』を買う。
すぐに『春琴抄』を読了。
(確かにこれはぞくぞくする!)
2009年2月くらい 深津絵里の顔が思い出せなくてネットで調べたら、
深津絵里主演の『春琴』(春琴抄と陰翳礼賛が原作)という舞台が1年前に
世田谷パブリックシアターでやっていたことを知る。
(あー、見てみたいなー。DVDとか出るのかなー)
2009年3月7日朝 世田谷パブリックシアターに勤める友人の日記に
「今日から『春琴』…」とな!出勤前にコメントつける。
(え?再演!?チケットまだあるかな?)
2009年3月7日昼 友人からメール。チケット取れるよと。
(え、行きます行きます!ありがとう!!)
さすがにここまで繋がると、
神様が行けと言っていると思いますよ。
来週の土曜日に行ってきます♪
偶然の積み重ねと言えばそうだし、
すべてが私の選んだことでもある。
京都の友人とは太宰の話もした。
世田パブの友人は半年くらい前に用事があって数年ぶりに連絡をした。
黒髪にしてたら深津絵里に似てると言われた。
土曜日なら何とか休めそう。
こういう、日常の積み重ねが結ぶ縁があると
ものすごく大切にしてしまう私です。
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きれいなようで汚いよりは
汚いようできれいな方が好きです。
春琴抄はそんな話だと思います。
春琴はひどい女です。絶対お近づきになりたくない。
佐助はバカだ。共依存もいいところだ。
でもこの2人は添い遂げている。
2人の間の気持ちはきれいなんだよねー。
襤褸は着れども心は錦。
みたいな人が好きだな。
よく見るとその襤褸にはものすごいこだわりが…!みたいな。
でも人間見た目が9割だとも思います。
人を好きになるってことは、その人の「過去」を好きになるってことだ。
一緒になった後のその人の「未来」は半分自分にも責任がある。
「あれ?こんな人じゃなかったはずなのに」と思ったら
自分が相手をそうさせてしまったのだ。
人の気持ちはいくらでも変わるけど
自分の中の神(白州次郎の言うところのprinciple)に忠実に生きたいですね。