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授業時間増で両親が「やってられるか!」と言っています

自分の子供にどんな教育を受けさせたいですか?

今日広告を見ていたら塾のがいっぱい入っていて
なんかいろいろ思ってしまった。

これって自分の歩んできた教育歴のうち
よかったこと→子供にも反映させたい
よくなかったこと→自分の子供のときは改善したい
だと思うから、全然違う道を歩んできた夫婦だと
意見の一致はあり得ないですよね。
地方出身でずっと公立、国立大学卒の旦那と
都心私立の付属中高一貫校から大学までエスカレーターの嫁が議論したら
どっちかの人生否定することになるわな。

それをふまえて私としては、
なるべくいろんな立場の同級生がいる環境で学んでほしいと思います。
本人の才能、家族構成、経済状況、文化的背景、身体的特徴(障害含む)いろいろ。
それで、その違いを受け入れ、違いに至る理由を想像し、
自分の人生設計ができる子になってほしい。
ちびまる子ちゃんのクラスみたいな感じが理想ですが、
もう都会では無理なんだろうね。悲しいなあ。

って言うのは、
就職してから今までの人生であまり馴染みのなかった
都会育ちのいわゆる「よい学校」に通っていた同世代に会う機会が何度かあり
「この人と私にかかっている教育費って全然違うんだろうけど
それは人間的価値として何か違いが出ているのだろうか…」と考えたことによります。
人の貴賤を決めるのは学だと思いますが(cf.福沢諭吉先生)、学歴ではないよねえ。

あんま具体例を挙げるのはよくないのですが、
この街から隣県の有名大学付属中高に電車で通っていた子がいたそうで、
私としてはその中学に行けるほど頭がいいなら
近くの地域一番公立校で安定した成績とってれば該当有名大学の指定校推薦とれるのだから
その悠久の通学時間(往復5時間くらい?)を部活動なり友人との楽しいひとときなどに充てられたのでは…
と思うんですが。まあ周りのクラスメートの(経済的)質が全然違うんだろうが。

でも、芸術・スポーツ系の卓越した才能があったら
英才教育したくなるかも!?


ちなみに子供が出来る予定はまったくございません。

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2008年02月17日 20:46に投稿されたエントリーのページです。

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