今日の富士山は完全に冠雪。
って、「かんせつ」で変換されないんですが!
あ、「はつかんせつ」だと出てくる。
初冠雪自体は今月初めだと思いますが、
ほら、自分のところから見えるかどうかが重要だから。
今月初めと言えば、全国の松下さんがパナソニックさんに改名しましたね
というネタ(cf.アンサイクロペディア)を書こう書こうと思っていて忘れてました。
これからmaroさんをpanaさんと呼ぶんですよ。(無駄に個人情報を漏洩)
と、8行も意味のないことを書いたところで、
ここ数年、工芸とデザイン/作品と商品みたいなことに興味を持っています。
特にここ数ヶ月。
工芸品やデザイングッズと言うのは、プロトタイプみたいなのがあるにしても
完成品が1点と言うことは普通はないです。
…実際はあるけど。
でも、それだって、「あれと同じの作って」って言われたら、たいていの工芸作家は作るぜ。
手作りである限り「ひとつひとつ微妙に表情が違います★」レベルの差異はあるけど、
同じものが複数あるわけです。
そう言うときのアウラとか著作権とかってどういう風に考えられてるんだろ、とか思う。
前提なしにアウラとか言ってすみませんが、美学をやった人には共通認識されてる言葉なので
知らない人は勘で読んでください。
私は学生時代、複製芸術とか大衆文化とかモノと情報とか
そう言うところをそれなりに勉強してきたので
なんだかんだでそう言うところに行き着くのかなあと思います。
あの頃は「工芸」なんてこと微塵も考えなかったので(語彙になかった)すが
工芸に見るアウラなんてテーマ、考えてみたいですね。
いろんな人の意見も聞きたい。
私はアウラってのは作品そのものよりも、その周りの情報(思い入れみたいなもの)が
発する力だと思っています。
作られた状況(誰のため?作者のスタンスとか)、作られた後の扱われ方(大事に守られてきた、最近発見とか)など、作品が内包する情報ネ。
自分ちの猫が一番かわいいみたいな。
kata kataさんの手ぬぐいが注染でなく引染と分かった瞬間神々しく見えるみたいな。
それが「作品自体」と何が違うのさって言われると困るんだけど…。
ベンヤミンなんて言ってたっけ?
(「アウラ」と言えばヴァルター・ベンヤミンの『複製技術時代の芸術作品』なのです)
最近この日記を自分用メモに使いすぎているので
不親切で分かりにくい文章だなあと思ったらスルーですよ!
精神的に暇だと思考が深まるね。
って、暇じゃないけど…。

コメント (2)
>手ぬぐいが注染でなく引染と分かった瞬間神々しく見えるみたいな
ああ、それはわかる。
結局は、受け手が作品ができるまでの工程に思いを馳せれるかどうか、なのかね。
美術品に対して「これ買うといくらくらいするの?」って訊くのは、
「なんも興味湧かないんだけど、これどこがすごいの?」ってことで、
現在は生産者と消費者が完全に分離されてるためかと。
消費者は値段と自分の中の価値を比べて購入するかしないか決めるだけだからなあ。
投稿者: pana | 2008年10月18日 10:42
日時: 2008年10月18日 10:42
ひゃっほい普通に返信忘れてたw
あと自分でふっといて「panaさん誰…?」と
本気で訝しんだ!
工賃+付加価値=値段てとこで、
付加価値の割合が高い上に人によって0〜無限ってとこが美術品のいいとこであり悪いところ!
美術品なんて、資産として買うもんじゃないですよ、
今を楽しくするために買うんですよ、ね。
投稿者: nmaki | 2008年10月29日 20:54
日時: 2008年10月29日 20:54